引き算の効用

「この人のことを一番よくわかっているのは私なんだから!」

あるケアマネさんが、担当する高齢ご夫婦のことで、夫と妻それぞれのかかりつけのお医者さんに相談に行ったところ、両方の先生からこう言われて困惑した、という話を聴きました。

そのご夫婦は、何年もその先生方に掛かりながらも指示に従わないため、いわゆる「困難ケース」になってしまっているようなのですが、ご夫婦には指示に従えない事情があるのです。

こういう場合、ご夫婦に近い立場としてケアマネは苦しい局面に立たされて大変です。
医師の指示はもちろん大事だし、でもご夫婦の立場もよくわかる。

それぞれの言い分のあいだを自分が行ったり来たりしていることが、もしかしたら解決を遅らせる原因になってしまっているのではないかと悩みだすともう、切りがないわけです。

しかし、どこかに折り合いをつける「着地点」を設定しなければならない。
こういうとき、それをどこに定めるかがケアマネさんの思案のしどころですね。

ところで私はこの話を聴いて、「この人のことを一番知っているのは自分」と自分が思うようになったら、やばいな、と感じました。
そういう風に思っていると、周囲が見えなくなるし、独善の罠に陥る危険性が高くなる。
それが結果的に、相手のためになるかというと、もしかしたらそういう自分の存在自体が相手にとって阻害以外の何者でもないという事態を招く恐れがあるからです。


むずかしいことですね。
好意でかかわってきたはずなのに、深入りすればするほど、逆にいろんな前提に縛られてしまって、いい支援ができなくなってしまう。

よい支援者というのは、自分自身の存在すらも引き算した場合の勘定が冷静にできる、そんな幅が求められているのかもしれません。
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by ikunosange | 2010-02-27 15:05 | 日々思うこと
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