カテゴリ:日々思うこと( 58 )

政治と介護

政権交代だなんだと政治が騒がしい季節がやってまいりましたね。
普段はまったく政治と縁がありませんが、介護に関することだけは気になります。
介護職員の給与水準を一律に引き上げる新制度が話題となっているように、政治と介護はとても密接です。

そういえば以前、某議員さんたちが視察に来られたことがありました。
こういう場合は、現場をさっと見学して、ちょこちょこっと現状を説明しておしまい、というパターンなのですが、それでも議員さんによって反応はそれぞれ。
一番熱心に聴いてくれるのはやはり女性議員さんですね。介護が他人事でないという気持ちが伝わってきます。ところが男の人はあまり熱心ではない感じです。介護の話をするとうつむいて決まりの悪そうな顔をされたり、聴いているのか寝ているのかよくわからない人もあります。どれくらい儲かるのかということにしか興味がなかったり。そういうときはまじめに話をするのが馬鹿らしくなりますよ本当に(怒)!!!

まあ、議員さんによって得意分野があると思うので、一概に無関心と決めつけることはよくないとは思うのですが、そこはやはり市民の代表として少しくらいの関心は持っておいていただきたいものです!

これまでは誰に投票したらいいのかわかりませんでしたが、次はぜったい介護現場に関心を持ってくださる方に投票しようと思いました。
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by ikunosange | 2009-07-13 12:40 | 日々思うこと

研修に行って思ったこと

先日、ある研修会に行ってきました。
研修そのものは有意義でした。たぶん勉強にもなりました。
そのこととはまったく無関係に感じたことがあります。

「自分が理解していることを他人にもわかりやすく説明する、というのは難しい」

私はせっかちなので、説明を聴いているとつい、「要するに?」とか「早い話が!」を講師さんに言いたくなってしまう。聴けば聴くほどモヤモヤしてしまうことってないですか。
私は自分が人並み以上に理解力があると思っていてこんなことを書いているわけではありません。たぶんみんなが思っていることだけど、みんなは大人だから辛抱しているのだと思います。

講師さんがわかりやすく説明しようとするとどうしても長くなるというのはわかるのですが、そうはいっても聴く人のレベルを低く見積もりすぎているんじゃないかとこちらが感じると、勉強の意欲が一気に削がれます。

でもスカッと説明してしまうと、せっかく一日使って説明しようと思っていたことが1時間で済んでしまう。そうなると大人の世界だからいろいろと不都合が・・・。せっかく出張でここまで来たのだから・・・とか。
ここはまあ、おひとつどうですか、いやいや私もねえ、本当はスカッと言いたいんですよ、でもねえ、という感じなのかもしれない。

というわけでわかりやすく説明するといろいろと不都合があるので、世の中のまわりくどい話というのはそれはそれで世間の役にたぶんたっているのだ、というなんの役にもたたないお話。
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by ikunosange | 2009-07-07 20:18 | 日々思うこと

うつわ

うつわ・・・。うつわ、打つわ、撃つわ、討つわ、いやいや・・・
「うつわ」とは「器」、人の度量の大きさ、深さのことです。

最近なぜかこの「器」という言葉に突き当たります。
湖山で小規模多機能とグループホーム。商栄町で居宅介護支援。行徳で二か所のデイサービス。
これだけやれば毎日いろんな問題にぶつかります。本当に・・・
毎日試されています。私の「器」、スタッフの「器」。会社としての「器」。

正直しんどいときがあります・・・

以前はもっとのんびりしていました。関わっているケースの数も少なかったし。
それに以前は介護保険という制度も手探りで、規制もゆるやかでした。
今は違います。
ちょっと判断を誤れば、違反行為に結びつきます。しかも世間の要求がとても高くなりました。

介護にまつわる問題についても、以前はご本人に対する介護にほとんど限られていたのですが、今ではいろんなファクターに関わらざるをえなくなりました。クレーム、リスクマネジメント、経済面、権利擁護、虐待、ターミナルケア、キーパーソン、介護力、住まいの問題などなど。
特に管理者やケアマネージャーは、知識や専門性だけでなく、人間としての「器」やコミュニケーション能力が強く問われる毎日です。
教科書や世間のイメージとはまるで違う世界の片隅で、私たちの現実は、でも目の前にあるのです。
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by ikunosange | 2009-07-03 19:21 | 日々思うこと

公務員も介護現場体験

明日うちのグループホームに、某公務員の方が介護体験をされます。
介護現場の実情を知り、介護の実際について身を持って体験されたいとのこと。
それはとてもいいことです!
というわけで「いくのさん家」の総力を挙げて(大袈裟)、この体験実習を応援することにしました!
ちなみにこの試みは先月から始まっていまして、グループホームだけでなく小規模多機能やデイサービス、居宅介護支援でも体験実習をお受けする予定です。
この体験が、よりよい政策づくりに役立つといいですね(・・・役に立たなかったりして)。
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by ikunosange | 2009-07-01 19:33 | 日々思うこと

施設志向

これはあくまで私感なんですが、ここ最近の不景気が在宅介護にもいよいよ影を落としてきているように感じます。
この1年くらい、介護者が生活のために仕事に出て、在宅介護をあきらめるケースが増えてきているように思います。
これは私たち在宅サービス事業者にとっては由々しき事態なのです。ご家族が在宅介護を続けたいと思っていても、不景気のせいで続けられないなんて・・・。
今までは老親が元気でいたので感じなかった介護負担が、ご家族が少しでも仕事に出ないといけなくなったときに、なにかをきっかけに介護に直面する。それが「施設に・・・」となってしまうのではないか。
また、これまで使っていたサービスが、介護者が職を失ったために利用できなくなった、という話も聞くようになりました。

そういう現実を受け止めるかのように、この鳥取でも入所施設(有料老人ホームなど)が特に最近増えてきています。「木守舎」だってそうじゃないか、といわれたらそうかもしれませんが。
在宅サービスを展開している事業者が、これからこぞって「入所」を自前で持とうとするのは時代の流れ。
しかしその先に見えるのは結局、不毛な値段競争なのではないか。

そんなことになったら、はたして介護保険の根本的な意義が問われるようなことになってしまうのではないでしょうか。事業者が自分たちの生き残りのためにしたことが、制度を破壊してしまうかもしれないのです。

本来あるべき理念はなにか。見失うことのないようにしながらも葛藤は続いています。
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by ikunosange | 2009-06-26 14:02 | 日々思うこと

「帰ります」

今日は暑かったですね~。日差しが照りつけて湿度も高くて、つらい季節がやってきました。
久々に、「帰ります」と言って落ち着かない利用者さんが玄関から出て、近所を歩かれるのにちょっとだけお付き合いさせていただきました。
普段は穏やかな人が、なぜか急に落ち着かなくなって、「帰ります」と言って出て行ってしまう。世間的に言えば「徘徊」と呼ぶのだと思いますが、普段関わっている人の行動をそういう言葉で括ることには、なんだか抵抗を感じるものです。
原因はなんでしょうか。なにか心理的なこと?排泄?水分?そういう時期?
いろいろ考えてみても、はっきりと答えが出ないことがほとんど。「なんだかわからないうちに気づいたら収まっていた」ということが多いのです。介護職として情けないことですが。
そういえば生活とリハビリ研究所の三好春樹さんも、「原因なんて4割わかれば大したもの」と言っておられました(たしか・・・です。間違っていたらごめんなさい)。

私のつたない経験や知識では徘徊の原因を探ることは困難ですが、徘徊をされる方にお付き合いすること自体だって、それはそれでとても大事なことだと思います。というわけで下記のサイトをご覧ください。内田樹先生と、精神科医の春日武彦先生の対談です。必読です。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2613dir/n2613_01.htm
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by ikunosange | 2009-06-25 18:43 | 日々思うこと

クレンペラー翁

1950年代~70年頃にかけてロンドンを中心に活躍し、円熟した演奏を聴かせた名指揮者、オットー・クレンペラーをご存知でしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%BC

この指揮者の演奏は、クラシックをかなり聴きこんだいわゆる玄人好みの演奏でして、慣れない人が聴くと「なんでこんなに無造作なんだ?」と不思議に思うのではないかと思います。とにかくぶっきらぼうな演奏ぶりに、甘い演奏を聴き慣れた人にはなかなか良さが伝わりにくい演奏家です。

耳に心地よい甘い演奏というのは、たとえば雄弁で聴きどころ(ツボですね)をわかりやすく強調して、きれいなところはより美しくゴージャスにしたてた演奏のことです。
クレンペラー翁の演奏はまったくこの逆でして、曲を演奏するという行為から作為的な演出を排除し、ついでに曲にまとわりついたイメージをゴミ箱にポイしてしまった、といえばわかりやすいかと思います(わからん)。

たとえばこんな感じ。
クレンペラー翁は今日も孫から絵本を読んでくれとせがまれました。いつも難しい顔できつーい皮肉を言う翁といえども孫を無視するわけにはいきません。孫の手渡した絵本を一瞥した翁は、おもむろに絵本を読み始めました。
ところが読み始めてすぐに孫は後悔しました。翁の読み方が大真面目でしわがれ声なので、楽しいはずの絵本の内容がすっかり「マタイ受難曲」みたいになってしまったのです。
そんな孫の落胆に気づくこともなく翁は、ときおり変な間をあけつつ、クライマックスの盛り上げをあっさり無視して絵本を読み終わりました。翁は孫にむかってこう言いました。
「うむむ、くだらん実にくだらん絵本だ。だが、こことここは読むべき部分がなくはない」
こんな大真面目に読んでくれと頼んだ覚えはない孫は、あいまいにうなづきつつ、もうひとつ頼もうと思っていた絵本を戸棚に返したのでした。

ところで現代にはクレンペラーのような恐い翁は世の中からすっかりいなくなってしまいましたね。同時に高齢者に対する畏敬の気持も忘れてしまったように思います。
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by ikunosange | 2009-06-22 12:48 | 日々思うこと

スタッフ同士をつなぐ

業務を毎日続けていると、いろんな課題にぶつかるものですが、最近特に感じているのがスタッフ間のコミュニケーションの問題。

いや別に特に仲が悪いとか、そういうことではないんです。みんなマジメだし心やさしい人が多い職場です。

でもね、ときどき感じるんだけど、スタッフ同士の伝達がよくないというか、なんというか。
たとえばお互いの仕事の領分には侵害しない、見ないのが礼儀、という感じがちょっとあって、「えー、こんなの直接訊けばいいのにー」とか、「言ってあげればいいがー」という場面が多いのです最近。

鳥取の人の特徴かもしれないけど、「ちょっと俺(私)にもよくわかるように教えてよ!」とか、「こんな雰囲気になってるんだけど、このまま行っちゃうとああなるけど本当にそれでいいのー?」とかを自分から口火を切って問題定義する人って少ないですよね。

私は以前、まったく別の事業所で働いていたとき、施設でおこなう行事の係をしていました。自分で言うのもなんですが結構がんばってました。自分の仕事があてにならないことはよくわかっていたので、いろんな人にいろいろとその都度お願いをして行事を乗り切っていました。ところがあるとき洗濯室の前を通りかかったとき、ある先輩が、「あいつはなんべんも確認に来てうるさい。そこまでせんでもよくわかっとるのに」と話をしているのを聴いてしまいました。
あの先輩はなんでも言うキャラなので仕方ないかとその時は思ったのですが、なんだか釈然としない。しつこいと言われても確認しないといけないことだってあるだろうと。

たとえばこういうのって、「知ってたけど言わなくてもいいのかなと思って」事故を招いたり、「本人が気づいてるだろうから特にいわなくてもいいかなと思って」苦情をいただいたり、ということにつながるんじゃないのかなあ。(ちょっと極端?)

第一、他人からみたら、「なんだか連携がよくないなあ」というのを思われてしまうと、「こんなところに頼んでも仕方ないか」となってしまうことだってあるんじゃないでしょうか。

コミュニケーションを活発にしていくことはたぶん、難しいことではないんだと思うんです。神戸女学院大学の内田樹先生の↓ブログに書いてありましたが、「私の仕事」はその境界線を「ここまで」と限定してはならない。ということだと思います。
http://blog.tatsuru.com/2009/06/18_1134.php



ところでこんなことこのブログに書いていいのかな?
サイトを移転して、ついでに試行錯誤の最中です。
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by ikunosange | 2009-06-19 19:10 | 日々思うこと