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引き算の効用

「この人のことを一番よくわかっているのは私なんだから!」

あるケアマネさんが、担当する高齢ご夫婦のことで、夫と妻それぞれのかかりつけのお医者さんに相談に行ったところ、両方の先生からこう言われて困惑した、という話を聴きました。

そのご夫婦は、何年もその先生方に掛かりながらも指示に従わないため、いわゆる「困難ケース」になってしまっているようなのですが、ご夫婦には指示に従えない事情があるのです。

こういう場合、ご夫婦に近い立場としてケアマネは苦しい局面に立たされて大変です。
医師の指示はもちろん大事だし、でもご夫婦の立場もよくわかる。

それぞれの言い分のあいだを自分が行ったり来たりしていることが、もしかしたら解決を遅らせる原因になってしまっているのではないかと悩みだすともう、切りがないわけです。

しかし、どこかに折り合いをつける「着地点」を設定しなければならない。
こういうとき、それをどこに定めるかがケアマネさんの思案のしどころですね。

ところで私はこの話を聴いて、「この人のことを一番知っているのは自分」と自分が思うようになったら、やばいな、と感じました。
そういう風に思っていると、周囲が見えなくなるし、独善の罠に陥る危険性が高くなる。
それが結果的に、相手のためになるかというと、もしかしたらそういう自分の存在自体が相手にとって阻害以外の何者でもないという事態を招く恐れがあるからです。


むずかしいことですね。
好意でかかわってきたはずなのに、深入りすればするほど、逆にいろんな前提に縛られてしまって、いい支援ができなくなってしまう。

よい支援者というのは、自分自身の存在すらも引き算した場合の勘定が冷静にできる、そんな幅が求められているのかもしれません。
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by ikunosange | 2010-02-27 15:05 | 日々思うこと

聴くこととコミュニケーション

先回、若いケアマネのコミュニケーション能力について書きましたが、さらに続き。

ケアマネとの関係がうまくいかなくて困っている家族がいます。
「あの人には相談ができない」「できたら別の人にしてほしい」

そうはっきり言われてしまうと、自分なりにがんばってるのにとガッカリするケアマネさんたち。

家族や本人が話す言葉は時として、一番の核心部分を避けて、あえてその周囲を行ったり来たりする場合があります。が、それを聴くケアマネさんがその言葉の表面の部分だけにしか反応しなかったり、関心がなかったり、イライラして結論を急ごうとする。
すると「この人わかってない」となってしまう。


一見、まとまりのない、脈絡のない話を家族や本人が繰り返す場合においても、実はその「まとまりのなさ」や「脈絡のなさ」や「繰り返し」の中にこそ、本当の核心は隠れているのではないでしょうか。しかし、わたしたちが会話において通常求めるものは、その言葉の表面的な意味や、情報としての有用性であり、そのことにしか関心が持てなくなってしまっているのではないか。


しかし、コミュニケーションという広義で捉えると、相手は、「まとまらず」「脈絡のない」「繰り返し」を聴かせること(行為)にこそ意味を持っているのであり、まず自分の陣地に相手を迎え入れ、その郷に従ってもらうことがようやく出発点である、ということもあるのです。


Mさんというケアマネさん。
何度も何度も、ある利用者さんの家族の家に足を運び、利用者さん本人への支援というよりも、家族の支援のために働いている様子。
今日も朝から呼び出されてこれから訪問。ここんところ毎日。
わたしが「またですか」と訊くと、「今がヤマだから」と苦にもしていない。
わたしが心配するのは、このままいくと家族がMさんに依存して、そのことが逆に関係をこじらせるのではないか、援助者は「つかずはなれず」がいいのではないかと思うのですが、それを言ってもMさんは、「だれかが聴いてあげんといけんから」と、今日もその家に向かう。


ある病院の看護師さんが教えてくれた話。
ある日その病院の玄関にお酒臭い若い男性が文字通り「倒れこんで」いて、来院の理由を尋ねると、「役所に訊いたらここに行けと言われたので来た」とのこと。
検査をしてもどこも悪くないので帰るように勧めたところ、暴れだして大変だったらしい。

「こういうときはどうしてあげたらよかったんだろうか」と看護師さん。
「そういうときは、うちのMさんに電話してください」とわたし。

年齢や障がいで人を分類する専門性では解決できない問題があります。だれかが聴いてさえくれれば、解決に結びつくかもしれない問題もあります。
まず聴いて、聴いて、聴き飽きるほどに聴き続けることでやっと、問題に向き合うきっかけが作れる問題が、たぶんこの世の中には人間の数のさらに何倍もあって、それを愚直に、根気よく聴き続けることでしか発揮できない専門性ももしかしたらこの世にはある、とMさんは言いたいのかもしれません。

もしかしたら本当の専門性というのは、それを放り出し、あきらめた末にはじめて身につくものなのかもしれませんね。
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by ikunosange | 2010-02-09 00:14 | 日々思うこと

20代とケアマネ

20代でケアマネの資格をとっても、資格を活用しない人がとても多いですね。
「とりあえず取ったけど、実際のケアマネにはなりたくない」という話をよく聴きます。

なんで?と訊くと、「大変そうだから」とか「事務仕事が多いから」とか「責任が重いから」という答えがよく返ってきます。

たしかにケアマネの仕事は大変です。ご家族の思いとご本人の思いが食い違ったり、よその事業所にミスで迷惑をかけることもあるし、どでかい苦情に発展して辛いことも。

しかし、やっぱり自分でケースを動かしている、という気持ちは他に代え難いものがあります。
相手がたとえお医者さんでも、利用者さんの立場に立てる強みは大きいものがあります。
大変なお仕事だけど、尊敬できる仕事をしている人は見ていてとてもカッコいい。

20代でケアマネの資格が取れることはいいことなのだろうかと思う事があります。
いや、別に20代のケアマネがどうとか、そういうわけではなくて。
20代で、自分よりも年齢の大きな人たちと丁々発止渉り合ったり、家庭のドロドロした問題に向き合うなんてはたしてできるのか。
そのことが実は一番、「とりあえず資格は取ったけど・・・私には無理だ」につながっているように思うのです。

はっきりいって20代でケアマネをしていくには、相当コミュニケーション能力が高くないと困難だと思います。しかも、そういう能力は自分で実地で身につけるものであって、他人から知識で教わるスキルの類ではないのだから始末がわるい。

だから20代ではだめ、ではなくて、それだけ大変な業務とわかった上で、その道の職人(マイスター)をじっくりと育てていけるようなシステムがつくれないのかなあ。

うちの理事長がよく言います。
「いま必要なのは、家庭訪問と相談支援が両方できる人材。」
その人材を時間をかけて育成できる場が、うちの職場に求められているのです。
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by ikunosange | 2010-02-02 18:46 | 日々思うこと

連絡先の修正

先にお伝えした伊藤英樹さんの研修会ですが、申し込みの電話番号を修正いたします。

日本認知症グループホーム協会鳥取県支部(森本医院)
電話0858-53-0122 

この番号が直通です。

前の記事の番号も修正しました。

お申込み、よろしくお願いしますm(._.)m
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by ikunosange | 2010-02-01 15:53 | イベント